緩和ケアセンター がん看護専門看護師
緩和ケアは末期がんの患者さんのためのものと思われがちですが、当院ではあらゆる病気を対象に、早い段階から関わっています。治療による外見の変化に関する相談に乗る、アピアランスケアにも力を入れてきました。患者さんのつらさを取り除くために看護師に何ができるのか? 常にこう考えながら看護に携わる砂川華さんに、患者さんやご家族と接する中で思うことをお聞きしました。
私が所属する緩和ケアセンターでは、病気による「つらさ」を取り除くことを目的として患者さんに関わっています。接する機会が多いのはがんの患者さんですが、心不全や呼吸器疾患、人工透析を受ける患者さんなど、あらゆる病気の方が対象となります。「つらさ」と聞くと体の痛みだけを指すと思われるかもしれません。しかし実際は、抗がん剤の副作用である吐き気や便秘、だるさなど、身体面だけでも幅広いつらさがあります。さらに心理面や、仕事や家庭など社会面の悩みも含め、トータルなつらさの相談に乗るのが私たちの仕事です。
「緩和ケアなんて、まだ末期じゃないのに」と思う方もいらっしゃいますが、私たちは早い段階から関わっています。どんな病気も、告知されたときが一番つらいと感じる方が多いので、その時点から寄り添っていくことが大切です。その後、きつい治療を乗り越えて病気を克服したときは一緒に喜ぶこともできますし、またそうではなく、再発や転移など、さらにつらい状況になったときに伴走者として寄り添うスムーズな対応ができます。
私はがん看護を専門としていますが、この分野に関心を持ったのは、高校生のころ、がんで闘病していた父の影響でした。私がそのことを知ったのは少し後になってからで、家族は私の気持ちを考慮して教えてくれなかったのです。「あのころはつらかったな」と考えるうちに、家族のケアも含めてがん看護を深めたいと思うように。それで看護師経験を5年積んだ後、がん看護専門看護師の資格を取得しました。
入院中の患者さんには、日々のバイタルサインの測定に加え、つらさのアセスメントを実施しています。これは体のどこに症状があるのかをイラスト化したり、痛みや吐き気、食欲不振、眠れない、気持ちが落ち込んでいるなどの身体面・精神面の症状を聞き取ったりするものです。そのアセスメント結果を元に「この患者さんはもっと専門的なケアが必要ではないか」と病棟や外来の看護師から連絡を受け、私たちが出向いて病棟・外来看護師と一緒に相談・対応するのが通常の流れです。お困りの患者さんをリストアップしておき、それを元に病棟の患者さんの緩和ケアカンファレンスを開催する体制も強化しつつあります。
しかし、緩和ケアセンターの看護師4名でできることには限りがあります。そこで欠かせないのが、各部署との連携です。緩和ケアセンターとは別に、医師や薬剤師、看護師、公認心理師などの他職種で構成される緩和ケアチームがあるので、そちらの運営にも携わっています。社会面・経済面の相談に応じる、がん相談支援センターのソーシャルワーカーとの情報交換も欠かしません。また、各病棟に配置されている、緩和ケアのリンクナースへのサポートも行っています。
院内だけでなく、地域の医療職との連携も不可欠です。月1回の地域連携カンファレンスでは、訪問看護ステーションの方々と顔の見える関係作りに努めています。緩和ケア病棟やホスピスを併設する県内施設との交流会も3カ月に1回開催し、当院から転院した患者さんの情報交換を密にしています。
当院では、治療に伴う外見の変化について相談に乗る、「アピアランスケア」にも力を入れています。特に多いのは脱毛に関する悩みです。抗がん剤などの治療を始めるときは、「いつから脱毛が始まるのか」「ウィッグは必ず準備しなくてはならないのか」などと色々な不安が出てきます。ウィッグ使用を周囲に公言するべきかどうか、といった社会的な悩みも少なくありません。そのとき最初にお伝えするのは、あわてず、焦らなくても大丈夫、ということです。また、その薬剤の脱毛リスクなど、治療に伴う副作用の情報をしっかり確認することもお願いしています。そうでないと、慌てて自分に合わないウィッグを購入したりして後悔することもあるからです。
あるとき、「抗がん剤は脱毛するから嫌だ」と治療を拒否された患者さんがいました。しかし、私から再度、医師に確認すると、その方が使う予定だったのは脱毛リスクの低い薬剤でした。そのことを伝えると、患者さんは「じゃあ受けてみようか」と気持ちが変わったのです。その方が脱毛することなく治療を終えたとき、「あのとき教えてもらって良かった」と言われたのが印象的でした。
がん治療に関する悪いイメージが先行しており、耳に入る噂やネット上の情報には不適切なものも多く、それを鵜呑みにして治癒が目指せる治療を拒否するのはもったいないことです。現在は情報が多く出回っているため、どれがご自身に合った正しい情報なのか、情報選択に関するアドバイスも重要な時代だと痛感します。
患者さんに接するときは、プライバシーに立ち入らざるを得ないことがあります。そのとき気をつけているのは、土足で立ち入らないこと。自己紹介に始まり、どんな相談に乗ることができるのか、私の役割を明確にお伝えます。
約束を守ることも大切です。例えば、患者さんから何か質問を受けたとき、内容によっては即答しかねることがあります。そのときは、「○月○日にお会いするときにお答えしますね」と伝えておけば、患者さんは「あの件はどうなったのか」と不安に思わずに済みます。返答が遅くなるとしても、正しい情報をお渡しすれば「ほったらかし」は回避できるはず。小さなことですが、こうした基本こそ忘れないようにしています。
患者さんは誰でも、場所や状況によりさまざまな立場をお持ちです。会社で役職についていたり、家庭では夫や妻、お子さんがいればお父さんやお母さんだったりします。そんな皆さんの背景が垣間見えるのが、ご家族にお会いするときです。患者さんが自宅でご家族とどう関わっているのかという、生活背景が分かるとサポートしやすくなることがあります。患者さんはもちろん、ご家族の悩みや体調などにも配慮し、気づいたことがあればお声がけします。病気は1人で戦うものではなくチーム戦ですから、ご家族も含めてサポートする協力者でいたいのです。
私たちは、困ったときに気軽に相談しやすい立場でありたいと思っていますなのかもしれません。よくあるのはセカンドオピニオンに関する話です。セカンドオピニオンを受けたいけど医師に直接聞いていいのか、いつ切り出せばいいか、私たちに相談されることがあります。ですから医師が説明する場に同席するときは、「最後にセカンドオピニオンについて聞きたいそうです」と医師に事前に伝えておくことも。この根回しがあれば、お互いストレスなく話が進みます。どんな内容でもいいので声をかけてもらえたら、橋渡し役としてできることを考えていきます。
以前、夜勤を担当したとき、「何日も眠れない」と訴える患者さんがいました。医師からは睡眠導入剤の使用も許可されていましたが、その方は「飲みたくない」と薬を拒否されました。当時、新人看護師だった私は一緒に座ってお話を聞き、背中をさするしかありません。すると、「ありがとう。そばで背中をさすってくれるだけで落ち着く」とおっしゃったんです。「看護って何だろう」と考えさせられる瞬間でした。
この患者さんの言葉は、私が緩和ケアを志すきっかけとなりました。看護師は、まず患者さんの思いを聞くことが第一です。「症状があれば薬」と1つの対応法だけで済ませず、看護師として何ができるかも考えるようにしています。
私は就学前の子ども3人を育てています。子どもが熱を出すと、夫婦どちらも休めないときは祖父母に、祖父母も難しいときは病児保育にお願いして、周りの助けを借りながらやっています。職場で頼りになるのは、同じ業務にあたる同僚たち。看護部長や副部長をはじめ、仕事と家庭を両立してきた先輩方からは、「まずは自分の体調管理」という助言をよくもらいます。まさにその通りだと思っています。
仕事と家庭を両立するにあたり、私が心がけているのは完璧を目指さないことです。誰だって完璧は難しいし、余裕がないと身も心も疲弊しますよね。家のことは時間をやりくりして頑張っていますが、時にはお惣菜を買うなど妥協することもあります。頼れるものは頼ることも、両立のコツなのかもしれませんね。
いま私が関心を持っているのはグリーフケアです。グリーフケアとは、患者さん自身やご家族も含め、亡くなる前から生じる「悲嘆」への関わりがけのことです。私も多くのお別れを経験してきましたが、患者さんを看取るのは看護師にもつらいことです。スタッフも含め、グリーフケアを深めることは今後の課題の1つです。
看取る患者さんが重なった後輩を見かけたら、「最後までよく看たね」「ちゃんとご飯食べた?」といった何気ない会話を心がけています。「看取る時間にそばにいたということは、もしかしたらその患者さんはあなたを選んでくれたのかもしれないよ」、こんな言葉をかけることもあります。
私は、つらい思いをする人を誰1人取り残さない社会を目指す、文化のようなものがあればいいと思っています。患者さんやご家族、スタッフに至るまで誰も1人ぼっちにしないように、まずは皆さんの思いを一つひとつ聞き取っていく。これからもそんな日常を大事にしたいですね。