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口唇口蓋裂センターについて

1.はじめに
 琉球大学病院口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)センターでは、口唇裂・口蓋裂(こうしんれつ・こうがいれつ)の患者さんが抱えるさまざまな問題について、哺乳、手術、ことば、咬み合わせの治療など各科・多職種が協力して一貫(いっかん)した治療(一貫治療)をおこなっています。一貫治療とは、患者さん個々のさまざまな問題を、成長や発育に応じて適切な時期に適切な治療を提供することです。そのためには、各分野のスペシャリストが協力したチーム医療が非常に重要で、琉球大学病院口唇口蓋裂センターでは、歯科口腔外科・形成外科・耳鼻咽喉科・小児科・産婦人科の医師ならびに歯科医師(歯科口腔外科医や歯科矯正医、言語聴覚士)、病棟看護師で構成されています。現在では、口唇裂・口蓋裂は適切な治療を受ければ形のうえでも機能的にも良い結果が得られるようになりました。私たちはご家族の皆様と力を合わせて、心身ともに健全な子供さんに育てられるように願っております。
 尚、不明な点や相談等ありましたら、力のおよぶ限りお役に立ちたいと思っております。気軽に私たちにお声を掛けてください。
 
2.口唇裂・口蓋裂とは
 生まれながらに唇が開いている状態を「口唇裂」といいます。また、口と鼻との間をさえぎっている口の天井部分を口蓋と呼び、ここが生まれつき開いている状態を「口蓋裂」といいます。
 口唇裂は、裂の場所や程度によってさまざまな種類があります。裂が小さく溝状になっているものや、部分的に開いているもの、唇と歯ぐき(歯槽骨:しそうこつ)が割れているもの(唇顎裂:しんがくれつ)、唇から鼻まで完全に割れているものなどがあります。 また、唇の裂は片方だけのもの(片側性:へんそくせい)と左右両方のもの(両側性:りょうそくせい)があります。
 口蓋裂も、口唇裂を伴って口蓋の全体が裂けているもの(唇顎口蓋裂:しんがくこうがいれつ)から、口唇裂はないけど口蓋の全体が裂けているもの(硬軟口蓋裂:こうなんこうがいれつ)や、口蓋の後方のみが裂けているもの(軟口蓋裂:なんこうがいれつ)、また口蓋裂はないように見えるけど粘膜の下に筋肉や口蓋の骨に裂があるもの(粘膜下口蓋裂:ねんまくかこうがいれつ)まで程度はさまざまです。
 
いろいろな口唇裂・口蓋裂
(Schutte BC&Murray JC. Hum Mol Genet.1999)
図1 いろいろな口唇裂・口蓋裂
 
3.病気の成り立ちについて
 赤ちゃんの口唇と口蓋は妊娠の初期(5週目~10週目くらい)に出来上がりますが、なんらかの原因で唇の癒合が障害されると口唇裂が生じます。同様に、口蓋裂は左右の突起の癒合(ゆごう)が真ん中で妨げられると生じると言われています。我が国において口唇裂・口蓋裂の子供さんは、およそ500人に1人の割合で生まれています。また、その弟妹あるいは本人の子供さんでは同様な異常が発生する頻度が高くなると言われています。しかし、口唇裂・口蓋裂は健康なご両親の間に生まれることが多く、発生原因がいろいろと研究されています。母体の妊娠初期の状態や薬剤、放射線の照射などいろいろな環境的因子、遺伝的要因が考えられていますが、発生原因はまだ明確には分かっていません。
 ほとんどすべての病気は、その人の生まれながらの体質(遺伝因子)と病原体や生活習慣などの影響(環境因子)の両者が組合わさって起こります。遺伝因子と環境因子のいずれか一方が病気の発症に強く影響しているものもあれば、「がん」などのように両者が複雑に絡み合って生じるものもあります。この遺伝要素は、親譲りの場合もあれば、近年、親から子に遺伝子が受け継がれる時に、少しずつその配列が入れ替わることが明らかになっています。その意義はまだ解明されていませんが、次世代に多様さをもたらす重要な仕組みではないかとも考えられます。
 口唇裂や口蓋裂が起こる原因は、以前は全てが遺伝によると思い込んでいた人も少なくありませんでした。しかしながら、口唇裂や口蓋裂の子供さんの家族や親せきには、同じような異常はないことが多いです。現在では誰でもその可能性、すなわち病気のなりやすさを持っていると考えられています。そして、先に述べたような多くの環境因子がさまざまな形で影響し、発症するのであろうと考えられています。
 

いろいろな口唇と口蓋の発生

(宮崎正:口腔外科学、先天異常および後天異常、医歯薬出版、東京、2003より)
図2 口唇と口蓋の発生
 
4.口唇口蓋裂の患者さんが抱える問題
 お口には、食べる、話す、表情をあらわす、呼吸するなど、多くのはたらきがあります。口唇口蓋裂の患者さんにはこれらのはたらきに問題が生じることがあります。
 
・哺乳の問題
 口蓋裂があることで吸う力が弱く、ミルクを飲む時間が長くかかることがあります。
 
・咀嚼・嚥下の問題
 口蓋裂があることや、歯並びが良くないことで、うまく噛めなかったり飲み込めなかったりすることがあります。
 
・ことばの問題
 口蓋裂のために、軟口蓋と咽頭のすきまを閉鎖するはたらき(鼻咽腔閉鎖機能:びいんくうへいさきのう)がうまくいかず、鼻から息がもれることが原因で生じることばの問題があります。また鼻咽腔閉鎖機能が良くても、口蓋裂児特有の発音の問題が現れることがあります。
 
・歯数・歯質・歯列の問題
 裂がある側(がわ)で歯の欠損や歯質が十分に形成されない場合には上あごの歯並びが悪くなることがあります。
 
・あご・顔面の発育の問題
 もともとあごや顔面の発育が小さくなりがちです。また手術の影響で上あごの発育に影響を及ぼすこともあります。
 
・かぜ・中耳炎にかかり易い
 口蓋裂の子供さんは、かぜにかかりやすいようです。ただし肺炎など重症になることはあまりありません。また口蓋裂の子供さんは滲出性(しんしゅつせい)中耳炎にかかりやすいです。
 
・合併症
 口唇口蓋裂の患者さんのうち約20%の患者さんは、他の病気を合わせ持っていることがあります。1か月検診、3か月検診でからだの別の部位に異常が指摘された場合には、専門医師の診察を受けていただきますので、お知らせ下さい。
 
5.治療の手順
 口唇口蓋裂の患者さんには、前述の通りいろいろな問題が見られることがあります。問題を一つずつ解決し、子供さんの健やかな成長発達のために、総合的な観点から口唇口蓋裂治療をおこなうことがよいといわれています。口唇口蓋裂の治療期間は短くありませんが、口唇口蓋裂による問題は必ず解決していきますので、焦らないでください。
 なお、口唇裂・口蓋裂の治療に関わる入院手術や矯正治療の費用については、18歳の誕生日の前日まで自立支援医療制度(旧 育成医療制度)が適用されます。
 
・初診から口唇形成術まで:患者さんを診察した後に哺乳指導をおこない、患者さんのご家族には今後の治療スケジュールについてオリエンテーションをおこないます。また、口蓋形態と哺乳障害を改善するためにHOTZ床(ほっつしょう)(人工口蓋床)を、鼻の変形があるときには鼻の形態を改善するNAM(なむ)という装置を装着して、よりよい手術成績になるように努めます。口唇形成術は生後3~4か月頃におこなうため、時期が近づいたら全身状態をチェックし、全身麻酔や手術に備えます。口唇形成術は入院、全身麻酔下でおこない、手術後はおよそ1週間で退院となります。琉球大学病院口唇口蓋裂センターでは、口唇や鼻の手術は、美容手術のスペシャリストである形成外科医が担当します。
 
・口唇形成術後から口蓋形成術まで:口唇形成術退院後は、外来にて傷の状態を観察します。傷が目立たなくなるようにテープを傷に貼ったり、内服薬を服用したりして術後3か月までは月1回、その後は3か月毎に診察します.HOTZ床は引き続き使用し、上あごの形態の改善を図ります。生後6か月前後になると歯が生えてきますので、虫歯にならないように口腔衛生管理を始めていきます。口蓋形成術は1歳6か月頃におこないます。琉球大学病院口唇口蓋裂センターでは、口の中の手術(口蓋形成術は後ほど述べます、顎裂部に腸骨を移植する手術)は、口腔内手術のスペシャリストである歯科口腔外科医が担当します。また、口蓋裂手術前は中耳炎にかかりやすいので院内外の耳鼻咽喉科で診察していただくことがあります。*腸骨:腰の骨
 
・言語管理:口蓋形成術が終わって1か月経過した頃からことばの練習が始まります。はじめからことばを話す練習はできませんが、鼻咽腔閉鎖機能を獲得するため、遊びを通して吹く練習をおこないます。発語は次第に多くなり、ことばが完成しますので、その経過を観察して異常な発音があれば訓練をおこないます。琉球大学病院口唇口蓋裂センターでは、口蓋裂言語が専門の言語聴覚士が担当します。
 
・咬合管理:口唇口蓋裂の患者さんは咬み合わせの管理が必要となることが多いです。4歳頃に歯科矯正医による咬合管理を開始します。顎裂がある場合は小学校中~高学年の時期に顎裂部に腸骨を移植する手術をおこないます。あごの大きさのバランスを考え、外科的な矯正治療をおこなう患者さんもいます。琉球大学病院口唇口蓋裂センターでは、常勤の歯科矯正医が担当します。
 
・口唇・鼻の修正:術後経過から修正が必要と思われる場合におこないます。こちらも、美容手術のスペシャリストである形成外科医が担当します。
 
 図3は当院の口唇口蓋裂センターにおける治療のスケジュールを示したものです。適切な時期に適切な治療を受ける(一貫治療)ことが重要です。
 

いろいろな口唇裂・口蓋裂

図3 琉球大学病院口唇口蓋裂センター・口唇口蓋裂一貫治療システム
 
6.哺乳障害とHOTZ床 ・NAM
 口蓋裂の赤ちゃんでは上あごが割れているため、母乳やミルクを吸う力が弱く、哺乳がうまくできないことがあります。このような哺乳の問題は、赤ちゃんが最初に直面する問題でお母さんにとっても大きな不安となります。
 哺乳は栄養以外に口腔機能の発達や口唇、あごの発育を促すという重要な役割もあります。専門外来では生後早期よりHOTZ床(図4-A)と呼ばれるプラスチック製のプレート(人工口蓋床)を使用し、上あごの割れた部分をふさぐことでミルクを上手に飲めるようにしています。また、HOTZ床には上あごの正常な成長を促す効果もあります。(図4-B)
  

HOTZ床

図4-A HOTZ床
    

HOTZ床

図4-B(左:初診時模型 右:口唇手術直後)
     
 さらに口唇裂がある赤ちゃんの場合、HOTZ床に鼻を持ち上げる装置を追加したNAM(図4-C)という術前外鼻修正装置を用いて、口唇形成術までに鼻の形をよりよい状態に近づける治療もおこなっています。HOTZ床を使用している間は、1か月に2~3回通院していただき、上あごの成長に合わせた調整をおこないます。
   

HOTZ床

(市川佳弥 他:新潟大学医歯学総合病院においてPNAM治療を行った
片側口唇口蓋裂患児における外鼻形態変化の短期的評価、日本口蓋裂学会雑誌、2019より)
図4-C
 
7.口唇裂の手術
・口唇裂手術の時期と準備
 生まれてすぐの赤ちゃんは体も唇も小さいため、少し発達を待った方が手術は確実かつ安全におこなえます。また、HOTZ床やNAMの装着により、裂の幅や鼻の変形の改善効果が期待できることから、片側性の場合には生後3〜4か月、体重6㎏を超えて手術をおこないます。両側性の場合は原則1回の手術で両側の口唇裂を閉じる手術を行います。手術の時期は、正中唇(せいちゅうしん)と呼ばれる真ん中の唇が十分に発育している場合には4か月頃に両側同時に手術をおこない、正中唇の発育が悪い場合には短い口唇となるのを避けるために手術を2回に分け、1回目を3か月、2回目を6〜7か月頃におこなうこともあります。
 手術前の準備としては、1か月に1回程度の割合で全身状態、口唇、口蓋などの局所の診察をおこないます。家庭では、口唇裂・口蓋裂の部分を清潔にしながら、赤ちゃんの体重、哺乳量などを把握しておいてください。口唇裂・口蓋裂の子供さんは、心臓やその他の疾患を合併することもあるようです。合併する疾患が重い場合には、そちらの治療を優先しなければならない場合もあります。
 
・手術について
 手術は全身麻酔下でおこないます。入院に必要な期間は1週間程度です。入院にはお母さんに付添っていただく必要があります。
 口唇形成術は、単に唇を閉じあわせるだけでなく、唇の筋肉を立て直し、自然に近い唇の形と機能を作ることが目的です。鼻の変形が大きい場合には、同時に大まかな修正をおこなう必要があります。子供さんによって裂の幅や変形の程度は異なりますので、手術前の診察で最も適切な手術時期や方法を決定し、手術後の傷が目立たないように細心の注意を払います。
 
・手術後の注意
 手術後は、術後2-3日程度は口唇の創部を保護するために口や鼻からチューブを入れて直接ミルクを胃に送り込む経管栄養(けいかんえいよう)を行い、以後は口蓋裂用の乳首を用いた哺乳瓶にて術前と同じように口からミルクを飲みます。抜糸は1週間後頃におこないます。唇の傷は、術後数か月間は赤みを帯びたり、硬くなったりする場合がありますが、いずれ落ちついてきます。
 この期間はなるべく手術部を引っ張らないことが、傷あとを目立たなくするために大切です。瘢痕(はんこん)と呼ばれる目立つ傷防止のためのお薬を飲んで頂き、傷あとに貼るテープの交換を家庭でおこなうようお願いしています。また、手術後に口唇の傷跡に直射日光は避けるようにして下さい.
 同時に鼻孔の形が整うように、術後約3か月間はリテーナーと呼ばれるシリコン製の鼻栓を装着します。
 
8.口蓋裂の手術
・口蓋裂手術の時期と準備
 口蓋裂はことばと密接な関係があります。口蓋裂の手術は、通常1歳6か月から2歳頃におこないます。この時期は発音を完全に覚える前で、しかもあごの発育がある程度進んだ状態であり、口蓋裂の手術に最適な時期と考えられています。しかしながら、口唇裂の手術と比べても、乳児の気道を狭くしたり、出血の恐れがある、よりリスクがある手術ですので体重(10kg以上が目安)やあごの形、また全身の状態を総合的に判断して手術時期は決まります。
 手術までは、定期的な診察をおこないます。また、口蓋裂の子供さんは中耳炎になりやすいので、耳が汚れやすいなどの前触れがある場合は、耳鼻咽喉科で診察していただきます。
 
・手術について
 手術は全身麻酔下でおこないます。入院に必要な期間は2週間程度です。入院にはお母さんに付添っていただく必要があります。手術は単に口蓋の裂け目を閉じるだけではなく、発音する時に空気が鼻にもれないように、口蓋の組織を後方に移動し、口蓋の筋肉を正しい位置に修正します(図5)。

HOTZ床

図5 口蓋裂の手術(プッシュバック法)
 
・顎発育(がくはついく)のための注意
 口蓋裂手術では、正常な言語機能を回復するために、十分に長く、しなやかな軟口蓋を作ることが重要ですが、同時に、口蓋に出来た傷あとは顎の発育を障害することが知られています。われわれは、手術の時に口蓋の表面に、骨膜(こつまく)と呼ばれる薄い組織を温存して、侵襲の少ない手術を心がけています。
 手術までは、定期的な診察をおこないます。また、口蓋裂の子供さんは中耳炎になりやすいので、耳が汚れやすいなどの前触れがある場合は、耳鼻咽喉科で診察していただきます。
 
・手術後の注意
 手術直後は口蓋を保護するためにプラスチック製のプレートを上あごに縫い付けます。1週間してプレートをはずした直後は流動食をスプーンで流しこむようにして与えてください。手術後2週間は、流動食のほかにごく軟らかい固形物を少しずつ与えても良いですが、ビスケットなどの粉が傷口に残るような食べ物は避けてください。手術後1か月たてば、普通の食事も歯みがきも可能となります。なお、手術直後は傷が硬く、また筋肉の動きが悪くなるため、一時的に食物が鼻からもれることがあります。時間がたてば、軟口蓋の動きが良くなるのと同時にこの鼻もれも少なくなります。また、まれに手術した口蓋の一部に孔(こう)(穴)があくことがありますが、小さい孔ならば発音には影響せず、上あごの成長とともに自然に閉じていきます。
 口蓋裂治療では、その後のことばの治療がとても大切です。ことばの訓練はおおむね術後1か月から開始します。それまでは自宅で訓練することは控えてください。
 
9.ことばの発達と治療
・ことばの発達
 「ことば」の獲得は、手術などと同様にご家族にとって大変心配なことと思います。
 口蓋裂のお子さんの「ことば」は豊かな言語環境で、1)口蓋裂の手術によって構音(こうおん)器官の形態や鼻咽腔閉鎖機能が整えられ、2)年齢に応じた構音(発音)の仕方を覚え、さらに3)心身発達を育む、この3つの要素が調和して育って行きます。
 
・鼻咽腔閉鎖機能不全について
 口蓋裂の「ことば」の獲得は、鼻咽腔閉鎖機能と関係があります。鼻咽腔閉鎖機能とは、飲み物や食べ物を摂ったり、会話をしたり、楽器を吹く時、呼気(こき)(肺からの空気)や食物が鼻に抜けないように、軟口蓋(上顎の奥の軟らかいところ)などで蓋(ふた)をする機能のことです。鼻咽腔閉鎖機能の獲得はとても大切で、口蓋裂手術後直ちに機能を獲得するお子さんもいますが、少しづつゆっくり獲得するお子さんもいます。最近では、鼻咽腔閉鎖機能は口蓋裂の手術によって約9割の方が獲得できます。
 

HOTZ床

図6 鼻咽腔閉鎖機能
 
・構音障害について
 構音障害とは、発音の問題で、使われていることばが正しく構音できず、周りの人々に言いたいことが伝わらない場合のことをいいます。
 
・言語発達の遅れについて
 お喋り始めが少し遅い場合があります。しかし、難聴や発達などに問題がなければ、3才頃までには追いつくと言われています。
 
・言語治療の流れ
 口蓋裂児の言語治療は、よりよい社会生活を過ごすことができるように言語障害の予防および治療を目的に行います。年齢や発達時期を考慮して4つの段階に分けて、鼻咽腔閉鎖機能、構音障害、ことばの発達および聴力の4つの項目に注意しながら行います。
 
(1) ステップ1:0才から口蓋形成術まで
 この時期は赤ちゃんの全般的な発達を伸ばす大事な時期です。ご家族の心理面に配慮しながら、ことばの発達の促進、定期的な聴力検査を行い、中耳炎の早期発見などを行います。
(2) ステップ2:口蓋形成術後から4歳
 口蓋裂の手術後、ことばの基礎を作る大事な時期です。ことばの発達に留意しながら、鼻咽腔閉鎖機能の早期の獲得を目指し、術後1か月を過ぎてから、ラッパなどを吹くことを遊びに取り入れていきます。また、食事の工夫をしながら、構音障害の予防を行っていきます。
(3) ステップ3:4歳から就学まで
 ことばの症状がはっきりしてくる時期です。問題がない方は鼻咽腔閉鎖機能の賦活(ふかつ)や構音障害の予防を引き続き行います。しかし、構音に問題があるお子さんは、この時期から積極的なことばの練習を行っていきます。また、鼻咽腔閉鎖機能に問題があるお子さんは、スピーチエイドなどの治療を進めて行きます。
(4) ステップ4:就学後
 就学後もことばに問題があるお子さんは、引き続き治療を継続します。また、ことばに問題がないお子さんでも、この頃になると、喉の奥のアデノイドが小さくなり、時には鼻声が出てくるお子さんもいますので、できれば、中学生から高校生まで、定期的にことばの経過を観察して行きます。
 口蓋裂のお子さんのことばは、適切な時期に、適切な治療を行っていけば、正常なことばを獲得することが出来ると言われています。そのためにはご家族の協力がとても大事になってきます。ご一緒に、よりよい環境作りができればと願っています。
 
10.口蓋裂と滲出性中耳炎
 滲出性中耳炎は小児に多く見られる耳の病気で、鼓膜の奥(中耳)に液体がたまった状態をいいます。耳は外耳・中耳・内耳の3つの部分に分けられ、音は外耳・中耳・内耳の順に伝わります。中耳には音を内耳に伝える鼓膜と3個の耳小骨(じしょうこつ)があり、耳管(じかん)という管で鼻の奥とつながっています。耳管は物を飲み込んだりすると開き、中耳の圧力と大気の圧力とを等しくする働きがあります。しかし耳管の機能が悪くなると中耳の圧力が低くなり、鼓膜が内側にひっこんだり、中耳に滲出液(しんしゅつえき)がたまり鼓膜や耳小骨の動きが悪くなったりします。そうして聞こえの悪さを引き起こすことがあります。
 口蓋裂(粘膜下口蓋裂を含め)の子供さんは耳管の機能が悪い場合が多く、滲出性中耳炎にかかり易いと言われています。口蓋裂の子供さんでの滲出性中耳炎発生は1~8歳までに高頻度に認められ、特に6歳時では80%に達するといわれます。一般に幼児の滲出性中耳炎は年齢とともに80%は自然治癒すると言われていますが、耳管機能不全などを伴うものでは治癒しにくく、また幼少時の中耳炎は発熱などの急性症状が出ない限り気付きにくいこともあり、結果として難聴を引き起こす確率が高くなるのです。
 難聴は社会生活、特にコミュニケーションに不自由が生じてしまいます。言語習得時に難聴になるとことばの遅れを生じ、重大な問題になります。早めの診断・治療が必要です。かといって、必要以上に神経質になる必要はありません。子供さんの聞こえが良いか悪いかを、気をつけておくことが大事です。
 滲出性中耳炎は専門医(耳鼻科咽喉科医)による聴力検査、鼓膜の動き方を検査するインピーダンス聴力検査、鼓膜の視診により簡単に診断がつけられます。治療は耳管や滲出液に対する処置をしてもらいます。薬物による治療をまずおこない、効果がなければ鼓膜切開や鼓膜チューブ留置をおこないます。これらを繰り返しながら、治癒まで数年を要する場合もあります。滲出性中耳炎による難聴は、治療さえきちんとおこなえば聞こえが良くなる病気です。症状が軽いからといって放置せず、症状が重くても根気よく治療をしてください。
 琉球大学病院口唇口蓋裂センターでは、耳の治療は、耳鼻咽喉科医が担当します。
 

HOTZ床

図7 耳の模式図
11.矯正治療
 口唇裂・口蓋裂を持つ患者さんは、上あごが成長しにくい、上あごや下あごがずれている、上あごの骨に裂け目がある、裂け目があることで歯が並ぶだけの十分な隙間がない、歯の数が足りない、歯が小さい、歯がねじれているなど、いろいろなことが組み合わさって歯並びや咬み合わせが悪くなっています。口唇裂・口蓋裂を持つ患者さんの矯正治療では、上あごと下あごの大きさを整えることや咬み合わせを整えることによって口元や歯並びの見た目を良くすること、食べ物を良く噛めるようにすること、歯磨きがしやすく虫歯や歯周病にかかりにくくすること、明瞭に発音しやすくすることなどを目的に治療をおこないます。
 口唇裂・口蓋裂を持つ患者さんの矯正治療は、一般的な矯正治療に比べ治療期間が長く、早い場合は3~4歳頃から、一般的には前歯が生えかわる6~7歳頃から始まり、14~20歳頃までかかります。治療開始からあごの成長が落ち着いてくる頃までは上あごと下あごの大きさを整えることや適切に歯が生えかわるように誘導することを主におこないます。あごの成長が落ち着いたあとにマルチブラケット装置を使って歯並びを整えます。また、上あごと下あごのずれが大きいため歯並びを整えることが出来ない場合は、あごの手術を併用して歯並びを整えます(外科的矯正治療 参照)。歯並びや咬み合わせが整ったあとも保定(ほてい)装置を用いて歯並びがもとに戻らないように押さえます。ある程度保定装置で押さえて、歯並びが落ち着いてきた頃、保定装置をはずします。しかし、装置をはずすと歯並びが悪くなりやすい人の場合は長く保定装置を使用してもらう場合があります。また、歯並びが落ち着いてきた頃、歯が無いところがある場合には人工の歯を入れたりすることが必要になります。
 口唇裂・口蓋裂を持つ患者さんの矯正治療には保険が適用され、自立支援医療(旧 育成医療)の対象となります。
 

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図8-A 矯正治療
(左:治療前 中:マルチブラケット装置による治療前 右:マルチブラケット装置による治療後)
 
・外科的矯正治療
 上あごと下あごのずれが大きく、歯並びを整えることが難しい場合、上あごや下あごの骨を切り、骨を動かして歯並びを整えます。これを外科的矯正治療(げかてききょうせいちりょう)といいます。
 外科的矯正治療をおこなう場合、手術前にマルチブラケット装置を用いて歯を並べます(術前矯正)。このときの歯並びは手術後に咬むことを目的に並べているため、手術が近づくにつれ歯並びのずれが大きくなり、咬みにくくなります。術前矯正が終了したあと、上あごや下あごを切って動かします(顎矯正手術:がくきょうせいしゅじゅつ)。顎矯正手術後は切った骨がある程度治るまで上の歯と下の歯をしばり、口が開かないようにします。骨がある程度治ったあと、あごが元の形に戻らないように抑えながらしっかり咬むように歯並びを整えます。歯並びや咬み合わせが整ったあと保定装置を用いて歯並びが元に戻らないように押さえます。ある程度保定装置で押さえて、歯並びが落ち着いてきた頃、保定装置をはずします。しかし、装置をはずすと歯並びが悪くなりやすい人の場合は長く保定装置を使用してもらう場合があります。また、歯並びが落ち着いてきた頃、歯が無いところがある場合には人工の歯を入れたりすることが必要になります。
 口唇裂・口蓋裂を持つ患者さんの外科的矯正治療には保険が適用され、自立支援医療(旧 育成医療)の対象となります。
 

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図8-B 外科的矯正治療
(左:治療前 右:治療後)
 
12.骨の移植
 上あごの骨の裂け目部分は、口唇裂や口蓋裂の手術時に粘膜で閉鎖されますが、その下には骨がありません。この部分を顎裂といい、そのまま放置すると歯が移動することができないため歯並びが悪くなる原因になります。そのために、歯列形態の回復、歯の萌出誘導(ほうしゅつゆうどう)、瘻孔閉鎖(ろうこうへいさ)等を目的としてこの部分に骨を移植します。移植骨は、腰部(ようぶ)の自家腸骨海綿骨(じかちょうこつかいめんこつ)を用います。術後数日間は傷の安静のためベッド上での安静が必要で、腰に小さな傷が残りますが、腰骨の自家腸骨海綿骨は感染のリスクが少なく移植に適しています。また、骨髄(中身)だけを取り出すため腰骨の形態的な変化はほとんどありません。手術の時期は矯正治療の方法によって異なり、入院期間は約2~3週間です。
 

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図9 腸骨移植術
(上:移植前 下:移植後矯正治療終了時)
 
13.口唇・鼻の修正手術
 顔面の成長に伴い口唇や鼻の形が変化し、ひずみが目立つようになることがあります。このような場合には口唇や鼻の形の改善を図る手術が必要となります。手術時期は、原則として唇や鼻の成長がほぼ終了した時期(14~17歳頃)におこないますが、白唇(はくしん)の傷あとが目立ったり、鼻の変形が強くみられたりする場合は、就学前に修正手術をおこなうこともあります。この時期は、鼻や上あごの成長期ですので、成長に影響を及ぼさないよう配慮しながら手術をおこないます。
 
 口唇や鼻の修正手術の内容は患者さんによって異なります。鼻の修正手術は、鼻の形を左右対称で自然に近い形にすることを目的としています。そのために、偏位(へんい)した鼻の軟骨の修正や短い鼻柱の延長などをおこないます。手術の傷あとは、鼻の穴の縁や中にできますので、傷あとが目立つことはほとんどありません。また、鼻の軟骨の発育が悪い場合には耳の軟骨を移植することがありますが、軟骨は耳の裏から採取しますので、耳の変形や傷あとが目立つといった問題は生じません。
 
14.出生前診断に際して
 最近の超音波検査機器のめざましい進歩により胎児の描出能が向上し、出生前に口唇裂がみつかる場合があります。
 
 初めて聞いた親御さんは大きな不安を持たれることと思います。その不安を少しでも和らげられるよう、口唇口蓋裂治療に熟知したセンタースタッフが、産前に、「進歩した口唇口蓋裂治療や社会保障制度など」を中心にゆっくりと説明しております。その結果、多くの親御さんから「早くから病気のことを正しく聞いて安心しました」という意見が多く聞かれます。
 
 出生前に心の準備ができて良かったと、思っていただけるように、私たちは、皆さんの支えになりたいとスタッフ全員が思っております。不安や心配で押し潰されそうになった時は、遠慮なくお問合せください。
 

HOTZ床

(Cleft Palate Craniofacial Journal, 2009)
図10 胎児エコーで診断された口唇裂