琉球大学医学部附属病院長 第一内科長 副病院長・脳神経外科長 藤田次郎
琉球大学医学部附属病院
副病院長・安全管理対策室長

西巻 正

安心・安全な医療を支えるThe Catcher in the Rye

  琉大病院の最大使命は最高水準の医療を県民の皆様に提供することです。 医学の進歩は目覚ましく、かつて治療の術がなかった病気でも最新の診断 技術や治療法により再び健康を取り戻せる時代になりました。そのような高 度医療には膨大な知識と複雑な手順が必要となります。そのため専門的な知 識と技術を有する多くの医療者が琉大病院で日夜働いています。医療が高度 化・複雑化すればするほど医療本来の姿から逸脱した事態、即ちインシデン トの発生リスクが高まります。そして医療は神ならぬ人間が行うもの故にイ ンシデントの発生をゼロに抑えることは残念ながら不可能なのです。
 インシデントは様々な要因で発生します。思い込み、勘違い、失念、知識や技術の不足、コミュニケー ション不足等々。その中には人間の本性ともいうべき行動様式に由来するものもあります。驚くべき ことに、私達は多くの日常行動を無意識のうちに行っています。誰でも通いなれた道ならば右折や左 折があっても特に意識することなく目的地に到達できます。こうした自動操縦のような行動様式は日 常生活を送る上で大変有用ですが、ときには笑い話になるような失敗も起こしてしまいます。しかし、 それが医療の場で起こると重大なインシデントに繋がりかねません。
 ある時私はJR九州の特急ソニックに乗車して目的地である大分市に向かっていました。小倉を過ぎたあたりから心地よい振動に誘われてついウトウトしたようです。列車が減速して人が移動する気配を感じたのでふと車両の出入り口にある電光掲示板をみました(写真1)。ええっ?アメリカ合衆国(USA)! おかしい、自分は日本にいるはずだ。それにUSAならat USAではなくin USAだろう。どういうことだと思い窓から外を見るとUSAは米国ではなく宇佐駅(写真2)。これは笑い話ですが、思い込 み・勘違いによるインシデントリスクの発生と回避のアナロジーです。まずおかしいという疑いを持つこと、次に確認をすること。これで正しい認識に修正されたのです。
 琉大病院ではすべての職種・診療部門で安全管理担当者(リスクマネージャー)を決めています。彼らはインシデントの発生状況に目を光らせ、発生要因を分析、そして防止策の検討を行っています。しかし彼らの活動は決して表に出ることはありません。  
 内田樹氏は「村上春樹にご用心」のなかでJ.D. Salingerの「The Catcher in the Rye」の主人公が語 る言葉を引用しています。それを要約するとこうなります。崖っぷちに面したライ麦畑で夢中で遊び まわる小さな子供たち、その子たちが崖から落ちないように見守り、落ちそうな子がいたらどこからともなく現れてかたっぱしからつかまえるCatcher、そういうものになりたいんだ。
これが私達の仕事です。