伝えたい命の尊さを

 我々医療に従事しているものにとって、 患者さんが元気で活躍されていることほどうれしいことはございません。琉球新報の9月20日の朝刊に、第33回県婦人の主張中央大会の際に、石垣市婦人連合会の喜屋武美千代さんが県婦連会長賞を受賞しました。喜屋武さんは、「伝えたい命の尊さを」と題してお話をし、高く評価されました。その内容を簡単に紹介しましょう。

 「お母さん、私を生んでくれて本当にありがとう!」 14歳の誕生日に長女が贈ってくれたこの言葉に胸打たれ、私は病との闘いであった自分の人生を振り返るのでした。

 ― − − と始まり、10歳から腎炎にかかり、「20歳までしか生きられない」と医師にいわれていましたが、20歳で結婚することができました。「子供を産むと透析となる」と医師にいわれましたが、妊娠し、ご主人の強い支えと協力により、長女を出産することができました。

 その後2年で、透析を受けることになってしまいました。万が一のことを考え、お嬢さんには母親がいなくても身の回りのことは自分で出来るように躾け、4歳より力強く生きるようになることができました。透析を受けながら、次女(29歳)と三女(31歳)に恵まれました。

 これは、相当大変なことで、夫婦の強い絆でこの困難を乗り切り、お子さんの顔を見て 「この子たちを生んで良かった」と思い、かつ、命の尊さや生命の尊厳をかみしめられるようになりました。

 昨年の冬に、臓器移植ネットワークより連絡が有り、琉大病院に入院し、腎移植を受けることができました。移植後も何事も無しとはいかず、多少の処置を必要といたしましたが、辛抱強くこれを乗り切り、元気に退院されました。その際にも私の米国での腎移植センターでの長い臨床経験が役に立ち、現在、元気に生活されているのを見るとこの上ない喜びでいっぱいです。

 これからも、一人でも多くの腎不全患者さんに腎移植を提供できればと願っておりますが、腎の提供が多くないため全ての透析患者さんの希望をかなえることが今のところ出来ません。本来は亡くなられた方の臓器を移植することが望ましいわけですが、それもなかなかかないません。

 また、ご家族から提供される生体腎には限りがございます。腎移植は社会的にまだ充分に受け入れられていない『脳死移植』の場合のみでなく、心臓が止まった時点を死とする心臓死移植でも実施しております。 社会の皆様が、腎不全の方々の悩みを理解し、透析を受けている患者さんにも暖かい目を向けてほしいと思っております。腎臓を灰にしてしまう前に、亡くなられた方のご家族が、確かにこの世に生きたあかしと更なる社会への貢献として腎提供を一考して頂ければ幸いです。そして、透析患者さんに『愛の贈り物』を届けてほしいと思います。

(泌尿器科/血液浄化療法部 小川由英)




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