糞線虫 無視されてきた虫

平田哲生 診療情報管理 センター 長
 糞線虫は主に小腸に寄生する消化管寄生虫です。通常は軽い腹痛,軟便などを認めるのみですが、免疫の低下した方では,虫が増殖し,栄養不良、腸閉塞などを引きおこします。更に、重症になると全身に虫が移行し、肺炎、髄膜炎などを起こし死に至る場合もあります。実際にわが国では医学会などで毎年5人程度の死亡例が報告されています。
 糞線虫は熱帯・亜熱帯に多く見られ、わが国では沖縄・奄美地方が流行地域です。衛生状態の改善した今日の沖縄では新たな感染は認められません。しかし、糞線虫はいったん体内に入ると数十年にわたり寄生し続けるため、衛生状態の悪い時代に生育した60歳以上の方ではしばしば感染が見られます。琉球大学医学部附属病院第一内科の最近の調査によると沖縄県には今なお約2万5千人に糞線虫感染者が存在すると推定されています。
 治療に関しては2015年にノーベル賞を受賞された大村智博士の開発したイベルメクチンが特効薬です。これまで第一内科ではイベルメクチンで800名程度に治療を行っていますが、軽症の方ではほぼ副作用無く完治しています。一方、重症の場合は先に述べましたように死に至る例が報告されていますが、近年は重症の方に対しイベルメクチン連続内服を行い、救命に成功しています。
 ところで、糞線虫で死に至る原因で最も多いのは発見の遅れです。沖縄に多い成人T細胞性白血病ウイルスに感染している方、免疫抑制剤を使用中の方、抗癌剤を使用している方の場合は重症化しやすいことがわかっています。このような方では治療前後に糞線虫検査を行うことが望まれます。検査は便検査で行いますが、第一内科で開発した普通寒天平板培地法が最も優れており、他の方法の10倍程度糞線虫を見つけることができます。
 最後に、糞線虫は死に至る場合もありますが、早期に発見さえすれば治療は簡単です。これまで、糞線虫は軽視されて見逃されてきました。今後は県民の皆様、行政等と協力し、沖縄県から糞線虫を撲滅することを目指したいと思っています。
普通寒天平板培地上の糞線虫の幼虫

普通寒天平板培地上の糞線虫の幼虫