問題指向型病歴によって病歴データベースのなかにはプロブレムの塊が逐次蓄積されていく.これは診療の論理性や妥当性の評価に関わるので,情報交換の対象となるべき重要事項である.プロブレムは時間の推移によって変遷するので,プロブレムの変遷を記述するための書式を用意しておくことが必須となる.そこで筆者は,プロブレム変遷の記述に必要な述語について考察したので,これを報告する.
なにかの記述言語を考案するためには,まずその「なにか」の構造や動きを掌握していることが前提となる.プロブレムは,病歴記録の中で孤立して存在しているわけではない.したがってプロブレムの構造と遷移とを記述する際には,病歴記録の全体構造をも視野に入れざるをえない.さらに言うならば,病歴構造を定める際には,その構造構築の基盤である視座そのものにも意識を傾ける必要がある.
本稿では,そのような根源的な問題についてまで議論する紙幅はない.したがって思考過程を礎として定式化した病歴記録構造や,これに関連した各種用語については,参考文献を御参照願いたい2,3).なお本稿は,平成7年度の東京医科歯科大学における民間等との共同研究による成果の一部を基としている1).
プロブレムは,多様大量の臨床情報が整理された集約点である.したがってプロブレムの生成過程は,情報集約による概念化の過程であるということもできよう.一方,プロブレムは治療を施行する際の着眼点でもある.したがってプロブレムは,各々の優先性を主張しつつ互いに干渉し,診療のゴールやプランを制約しあっている.
つまりプロブレムリストは,たえず形成や再構成と・変遷とに曝されている.言い換えれば,プロブレム生成における思考過程と・時間推移における変遷との・二軸を見据えながら,その変化を考慮する必要がある.
まず時間軸の方向を考えると,プロブレム・アイテムの生成,停止,単射(一意対応),収束,発散,重み付け(優先順位)の変化が挙げられる.なお単射には,アイテムが変化する場合と,変化しない場合とがある.アイテムが変化する場合には,同一概念の範疇における展開や詳細化,あるいは逆に退行がありうる.また,異質なアイテムへの単射もあるだろう.アイテムが変化しない場合でも,活性化や不活性化,そして重み付けの変化は起こりうる.
次に思考過程方向を考えると,昇格・降格という二種類が挙げられる.これらは,プロブレムリストとプログレスノート(SOAPのうちSO)との間の,アイテムの移動のことである.したがってプログレスノートの存在にも配慮せざるをえず,これを格納するセクションと,これとの関係を表す述語も用意した.
プロブレムリストは集合とみなすことができる.ある時刻(n-1)の集合から次の時刻(n)の集合への変遷は,写像とみなすことができる.プロブレムリストの場合,写像は単射も全射も保証されない.また単射の際にも,その臨床的意義は同一ではない.臨床意義を明示的に表現するために,形式的な記号による表現ではなく,述語による表現を採用した.なお述語表現が確定すれば,それを同値の形式記号に置換することは容易である.
プロブレム変遷のみを単体ファイルとして交換することができるように,書式様態の全体構成も考えた.概ねArden Sytaxを下敷きとし,書誌事項等を格納するHEAD,プロブレム変遷を格納するBODYを用意した.これに加えてTAILとして,関係するデータと情報とを格納する領域を設けた(前述).
用途として,現実の記述(プロブレムリスト全体の変遷 comparison・または・焦点をあてたプロブレムアイテムのみの変遷 extraction)とともに,モデルの記述(model)をもサポートすることとした.これらを識別するために,Transition Type: を設けた.この値によって,引き続く Bibliography: の記述様式が異なるものとした.
複数個のリストを格納することができる.識別は indentifier または label による.1個または2個の場合には,識別子は実質的に不要となる.プロブレム・アイテムの優先順位,優先度,重要度を明示的に指定できる.全てを省略した際には,記述順を優先順位と解釈する.
時刻 t のプロブレムリストから時刻 s のプロブレムリストへの遷移におけるプロブレム・アイテムの変化を表す叙述動詞ならびに修飾句と,他の思考ステップブロックとの間の移動に必要な叙述動詞ならびに修飾句は,図に挙げた通りである.叙述を省略したプロブレム・アイテムは,変化せず継続しているものとみなす.なお英語の不適切な点については御助言を賜りたい.
Transition Type: が model の場合には,プロブレムリストの概念は希薄となり,むしろ,プロブレムアイテムの有向グラフの構造そのものに焦点があてられる.この場合,Problem Lists: を省略することができる.その際の Transition: の記述 syntax は,いわゆる make プログラムの文法に準拠する.すなわち,アイテムの収束や発散が生じるノードが出現する以前に,そこで参照すべき全てのアイテムの変遷を記述しておかねばならない.
プロブレム変遷を記述するための述語を考案するとともに,プロブレム変遷情報を交換する際のファイル構造についても創案した.これにより lexicon,collocation,syntax の主要構造が得られた.
この構造を利用することによって,事実としての変遷を記述交換できるばかりではなく,モデルとしての変遷をも記述交換できることには,大きな意義があるといえよう.なぜなら後者は,医学知識,監査,臨床教育といった面にも貢献しうるからである.
著者は,contextとしてのプロブレムの変遷と,それを下支えするrepositoryとを分離した.参照すべき事項はrepositoryの中に納め,かつ,contextでは特定の見方によるスコープを提供している.この許容性が,プロブレム形成の思考過程の反映を可能とし,また,多様な視座や目的による文脈表現への対応を可能としたわけである.
参考文献