生殖医療の話題
一般に、子に恵まれない夫婦は、10組あたり1組とされています。生殖(妊娠して子を産むこと)は本来、自然なできごとであり、たとえ子に恵まれなくても、夫婦とも健康であれば、あれこれ治療を行うことは自然の摂理に反することであるという考えがあります。一方、子のない夫婦の中には、どんなことをしてでも自分たちの子が欲しいというきわめて強い希望をもった夫婦がいます。これは、本能的なことでもありましょう。
古くから行われてきました人工授精は、他人の精子を提供してもらう方法であり、これまでとくに大きな抵抗もなく受け入れられてきています。しかし、ご承知のように、近時、不妊治療を中心とする生殖医療の進歩にはめざましいものがあり、最近では、精子のみならず卵子や受精卵の提供、子宮の提供(借腹)ということも身近な可能な方法となってきています。みなさんはこのような医療についてどのようにお考えでしょうか。アメリカでは、生殖医療に関する法的規制がほぼ皆無でありますので、このような先進医療が自由に行われ、生殖産業とも呼ばれるほどに発展し普及しています。ヨーロッパでは、すでに、いくつかの国で生殖と倫理に関する国民の議論、合意形成がなされ、法的規制が整いつつあります。我が国では、国およびこの方面
の関連学会などで検討が進められつつあるというのが現状であります。
当附属病院では、体外受精胚移植、顕微授精、生殖細胞と受精卵の凍結保存などを、医学部「医の倫理委員会」の承認を得て行ってきています。その結果
は学会に報告、登録しており、我が国の平均的成績を上まわる成果
をあげています。ちなみに、当院で体外受精胚移植によって誕生した子供は、これまでに約220人に上っています。なお、当然なことですが、当院では、このような生殖医療は夫婦の間に限定して行っています。
このような生殖技術は、1978年のイギリスにおける体外受精胚移植の成功を契機に急速に進展しました。受精は妻の体内でおこるのが自然な過程ですが、体外受精では妻の卵子と夫の精子を取り出し、体外(試験管内)で受精させます。この技術の確立は、卵子、精子、受精卵にいろいろな人為的操作、遺伝子操作を加えることをも可能にしました。すなわち、不妊治療を目的に研究された生殖技術は、一方では、生命の遺伝子レベルにおける人為的操作を可能にしつつあります。クローン人間も手の届くところまできています。わたくしたちは、この問題に無関心でいることはできません。医学部では、学生にも、この方面
の問題を直視し、理解を深めることを目的に、医学部教育の一環として「生殖と倫理」と題する討論の場を課しています。わたくしたちには、互いに知恵を出し合って、健全で正当な生殖医療が展開されるように努力することが求められています。
(病院長 金澤浩二)
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