産業医の重要性−働き盛りの健康管理−

 産業医という職務をご存知でしょうか。あるいは産業保健(職域保健、労働衛生)という分野をご存知でしょうか。

 母子保健、学校保健、成人保健、高齢者保健という各分野が人の成長と環境の変化に応じた保健対策を講ずることを任務とするように、産業保健分野では、職域における安全・衛生・健康を確保し、快適な職場を実現することを任務としています。

 世界労働機関(ILO)と世界保健機関(WHO)との共同声明では、産業保健の目的を「すべての職業における働く人々の身体的、精神的および社会的健康を最高度に維持増進せしめること」とし(1)労働条件に起因する健康危害を予防すること、(2)健康に不利な諸条件から雇用中の労働者を保護すること、(3)労働者の生理学的および心理学的特徴に適合する職業環境に労働者を配置し、健康を維持することと述べています。

 つまり、人と仕事との調和をはかることが必要であることとしています。

 産業保健活動の実際では、15〜64歳の生産年齢人口のうちの就業者を対象に、健康管理、作業管理、作業環境管理それに産業衛生教育の各分野を推進していきます。各企業は、その規模に応じた体制(総括安全衛生管理者、衛生管理者、安全衛生推進者、作業主任者等)を整えて産業保健活動を推進していかなければなりません。

 そしてここに産業医が中心的な役割をもって登場してきます。常時50人以上の労働者を雇用する事業場では、産業医を選任することになっているのです。産業医の職務には種々のものがありますが、次に主なものをあげます。まず健康診断(健診)を実施し、その結果にもとづいての措置・指導を行うことです。この健診にも大きく分けると2種類のものがあります。就業者の誰もが必ず受ける定期一般健診では、今の健康状態をおおよそ評価することを目的とします。尿検査、胸部X線撮影、肝機能検査、血清脂質検査、血糖検査等を行って、日常生活で注意する点を指摘します。また、特定科学物質や放射線などのように、使い方を誤ると健康に悪影響を与える物質を製造したり扱ったりする職種、振動や騒音などからだに物理的エネルギ−が伝達される条件のもとで働かなければならない者に対しては、それらに特徴的な身体影響が現われるのを予防することを目的に、特殊健診が行われます。

 産業医は、これらの検査、あるいはある職種に特有な疾患の可能性についても精通していなければなりません。検査結果を的確に判断して適切な指示を出す必要があるのです。産業医はまた、1ヶ月に1回は職場を巡視して、危険な職場はないか、危険な作業方法を採ってないか、環境は衛生的に保たれているか、有害物質の扱い方は誤っていないか等、作業そのもの、あるいは作業環境にも注意を払い、改善の必要なときにはこれを事業主に勧告します。必要に応じて、従業員に対し、あるいは事業主に対して健康教育をし、種々の健康相談に応ずる機会を設けなければなりません。

 このようにして、職場で働く人に対する健康への配慮のみでなく、作業や環境に対する配慮、ときには職場の人間関係までにも注意を払い、職域空間をより適正に保つことに努めることが期待されているのです。

 日本医師会ではこのような産業保健活動の中心的役割を担う医師の育成を目的として、日本医師会認定の産業医を養成しています。現在までに全国で約3万人ほど、沖縄県でも230人ほどが認定されています。ここ琉大病院にも認定をうけ実際に産業医として活躍している先生も何人かおります。

 産業医の資格は一度認定されればそれでいいという訳ではありません。認定された後も新しい知識と技術の習得、改正された法規に基づく保健衛生管理の勉強に務めています。こうして積極的な医療分野の知識や技術の応用により、産業保健分野にも着実な効果が示されてきています。

 一例を挙げると、労働災害による死亡者数は昭和36年の年間約7千人をピークにして20年後には半数以下の2千人まで減少し、その後も減少しております。

こうした効果は医学、工学、心理学等、様々な分野の方々の協力のたまものです。

 ところで、さきほど50人以上の従業員のいる事業所では産業医を選任する必要があるといいましたが、50人未満の小規模事業所こそ産業保健活動が必要になってきます。つまり、健診の着実な実施と事後指導の充実、職場環境の改善が必要な職場がまだまだあるのです。そのために地域産業保健センタ−が整備され、特に50人規模未満の小規模事業所に対する相談窓口となっています。

 沖縄県には北部地区(名護市)、中部地区(北谷町)、那覇市地区(那覇市)、宮古地区(平良市)、八重山地区(石垣市)の5ヶ所の地区医師会を窓口としてそれぞれの地域産業保健センタ−が設置されています。専門的な産業医学、産業保健学を習得したスタッフが独立、中立的な立場で安全、衛生、健康管理に関するサービスを提供しています。また、それぞれの地区の産業医が登録されていますので、必要に応じて紹介してもらえます。さらに、一事業所だけでは産業医の選任が困難な場合、幾つかの事業所が共同で選任するための補助制度があり、このための相談にものってもらえます。

 人は40年以上、人生の半分を職場で過ごすといっても過言ではありません。働き盛りの人々の、つまりは職域の健康を増進することは、社会全体の健康を増進することに通ずるのです。また、産業医は近くの「かかりつけ医」である場合も多いのです。家庭、地域、職場が有機的に連携を持った一貫した健康管理活動が望まれています。

産業医の役割はますます重要になってくるのです。

(保健医学講座 山本宏実、有泉 誠)




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